こんにちは。暖かくなりそうで、今週は身に染みる寒さの1週間でした。
〇コミュニケーションプログラム
SST(社会技能訓練)とは対人関係を円滑に運ぶための知識や技能を習得する訓練です。ニットでも特に力を入れて取り組んでいるプログラムになります。今回は対人関係の中で悩んでいる事を出し合い、皆で解決策や出来る工夫について話し合いました。
「相手の気持ちを察する方法」
態度や表情から相手の気持ちや状況を理解することは難しく、悩む方も多いと思います。ただ1人では考えられないことも皆で意見を出し合えば、ひらめきやきっかけが生まれるかもしれません。良好な対人関係を築くために意識できること、取り組めることについて意見交換を行い、自分にも出来そうな努力のきっかけを見つけることが出来ました。
・自分の立場に置き換えて考えてみる
・第三者目線で観察して、上手く関われている人を参考にする。真似をする。
・コミュニケーションなどの本を読む
また相手の気持ちを察する際に相手のどんな様子や態度に注目しているかとの点では「眉間のしわ」「声のトーン」「会話の続かなさ」等、細かい変化から相手の調子の具合を察していることがわかりました。
そして調子の悪さやいつもの様子と違うと察した時に具体的にどう行動するかとの点では「声をかける」「そっとしておく」「第三者に助言を求める」と直接行動する方もいれば、距離を持ちながら見守る方もおられ、関わるだけがコミュニケーションではないこと、相手のタイミングを待つことも対人関係を築く上では大切なことを学びました。
人それぞれ生活や価値観が違うように、タイミングや距離感も違います。一方的にならずに、まずは相手を理解しようとする姿勢を意識していけたらと思います。
週末は寒くなる予報ですので、暖かくお過ごしください。
いつもお世話になっております。毎度のことえらそーなこと言いますw
返信削除「相手の気持ちを察する方法」ですが、あまり真面目に考えたことがないです(笑。そもそも気持ちってその人固有のものですし、例えば私がうれしいと思っていても相手は悲しいことだってあるわけです。性格悪い話ですが、例えば私がうまくいっていて喜んでいたとしても、それを見ている人がうまくいかず悩んで困っていると、相手は自分をわかってくれないって悲しむわけです。そもそも[
相手の気持ち」を気にし始めたら自分の反応の自由を失うか、相手から反応の自由を奪うかしかなくなるでしょう。そこにあるのは対立であって融和ではないはずです。コミュニケーションにならないのは必然ではないでしょうか?だから私は相手の気持ちってわからないものだし、必ずしもそれをわかる必要はないと割り切っています。
余談ですが、うまくいかない人の前でうまくいったことを喜んで見せるというのはある意味嫉妬を煽っているわけですから、タチが悪いといえば悪い。でもそういうことを喜んでやる奴も世の中たくさんいます(笑。彼ら彼女らはドS趣味ということでてきとーに流すなり、自らがドMになって対応してあげるなり、知ったこっちゃねーで切り捨てるなり、真面目に反芻してみせるなり…やり方はいろいろあるけどその場に応じた対応を選べばよいですし、よりよい対応ができるように勉強するのもありです。そういう意味では本を読むことも大切ですね。S役はとても格安ですが、M役が結構な割高であることは、アレ系の店ではよく知られています。M役をやれる人はそれなりに価値のある人間だと私は思っています。すなわちいたぶることを喜ぶのは安直で安っぽい人間ということです。だから「いじめは絶対ダメ」なのです(^^;人をいじめる人間は後で安直なザコとして徹底的に糾弾され、大恥かいてしっぽ巻いて逃げるしかないのですw
閑話休題。相手の気持ち以上にはるかに大事だと思うことは、相手の目線に合わせる努力をすること、そういう心構えでいることだと思っています。相手の目線に合わせるということは、相手はどのように世界を見ているのかを知るということです。必然として相手の話を評価せず聴く姿勢が必要なのはあまりにも必然です。これは簡単に見えますが、障害者当事者どころか、障害者支援者ですらそれができない人がとても多いのです。なぜならば相手が自分と対立する考えの人間の場合、そうでなくても違っている人間の場合、どうしても自分の判断でそれを弾いてしまうからです。たいていの場合「自分の感情を害する」がその理由です。ある意味で人間は「自分を守ることが大切」ではあるのですから、それを否定はしませんし、当然の対応ではあります。こういった「自己保身」は私にもあります。それでもそれがすべてであり、そこに断固として凝り固まるというのなら、そういう人は少なくとも支援者には向いていない人間なんでしょう。
「自分を守ることがすべて」を乗り越えるためには、ある意味で自分の感情を「俺の感情なんざしったこっちゃねー」と一度は自分の感情を脇に置くという発想が必要にあります。その上で「俺の感情」の処置を丁寧にやればいいだけです。これは障害者当事者、障害者支援者共同で取り組まなければならない課題なのです。そしてそれこそが相手も自分を大切にするということではないでしょうか?そこに対話=コミュニケーションが生まれるわけです。
そもそも相手の話を評価せず聴くことができれば、相手の目線に近づいていけますし、相手のニーズもわかります。だから相手に何を与えればよいかもわかる。それがプロフェッショナルとしての姿勢であり、福祉に限らず、仕事する者としてふさわしい態度ではないかと思うのです。相手の目線に合わせるのは基本。その上で、相手を助けたいと思うなら、先を歩んでみせたり、協力して事をなしたいと思うなら、ともに歩んでみせたり、相手を育てたいと思うなら先に歩んでもらったり、いろいろな対応ができます。